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なんでもない日記

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何もかも幻を見ていたような気持ちだ。世界が手を広げてこっちへおいでと言っているような気がしたのも束の間、今は何も見えない。行く先が見えない。

ひとり勝手に騒いでいたのが少し阿呆らしい。こんなところだれかに見られていたら、生きていけない。でもだれかに見られたくないような生活をひっそりと続けてきたけど、実はみんな陰で笑っていたりして。

あー、あの子またやってるよ。夢みがちだよね。とか。

夢みがちで何が悪いんだろう。なにかあなたに迷惑かけたかしら、なんて被害妄想をしてしまう。

ともあれ、二度あることは三度ある。夢みがちに対するしっぺ返しはもう飽きた。

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台風に吹き飛ばされそうなくらい小さな幸せを、なんとかして手放さないために必死でもがいてる。悪足掻きなのは否めないけれど。

期待はしてはいけないけど、どうしてもどうしてもこの幸せを、このチャンスを無駄にしたくない。執着しているだけかもしれないけれど、やれるだけやりたい。

 

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今日はうまく話せないことに落ち込んだ。いや、落ち込んだっていうか、自分の話を振り返るとほんとうに酷かったなあと思って穴があったら入りたいなんて気分。

昔から学校でうまく話せなかったとか、変な事言ってしまったとか、一人で毎日脳内反省会をしていたので、うまく話せない自分にももう結構慣れた方ではあると思う。でも、心の中でぎゃーってなるのは変わらないな。この記憶、いやこの出来事を消しゴムで消してしまいたいと思ってしまう。切実に消したい。けど消せない。なかなか難しいものである。

この前なんて、気になってた人に少し仕事の事を説明してもらってるときに、テンパりすぎて分かりましたって言おうと思ったのに分かりますって言ってしまった。でも相手は説明を続けてるから笑って訂正する暇もなく、なんだこいつって思われてるんだろうなーかなしい、と思っておわったことがあった。

まあいいさという感じである。そういう馬鹿な自分も受け入れられるようになりました。

それに、気になる人には勝手に骨抜きにされているのでもうわたしは十分幸せだ。

 

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最近なかなかしんどいことがあって2、3日落ち込んでいた。今年一といっていいほど、ないに等しい自信がますますなくなった気がしたし、自責の念に駆られた。ここ数年は落ち込んでも回復するのが若干早くなったので、まあそのうち元気になるかなとか自分に言い聞かせてた。でもつらいな、しんどいな、とかそんな感じだった。

だけど、蓋を開けてみたら、そのしんどいことっていうのはただの邪推だった。色々反省しなきゃいけないのは変わらないのだけど、状況は全く酷いものではなかった。

とにかく、別になにも心配することはなかったので、安心してあくびが止まらない。

一人相撲をやってたんだなあとか思ったり。

 

あとは、なんだか気になってた人がかっこいいとかで一人脳内で盛り上がっていた。知的な人はやはりかっこいい。歴史とか小説とか、そんなことを話してるだけで、しびれる。話してみたいなと思う反面、やっぱり遠くからずーっと見ていたいなとか色々考えていた。話すと自分が馬鹿なところがばれて、一日中自分の馬鹿な発言を思い返して、ぎゃあーっとなってしまうからね。なので、この距離感でいたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

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少し日にちが空いてしまった。

 

最近は、あーあ、やっちまったという感情でいっぱいだ。心の中でドヤ顔をして提出物を出してきたんだけど、あれだめだ。また、あなたは何を言いたいのかよく分からないって言われるやつだ。

大抵調子乗って書いたやつは酷評される。期待すればするほど結果はいつもよろしくない。なぜでしょーね。いつもこれよ。

 

あとは最近は恋愛小説ばかり読んでる。恋愛してると読みたくなるもんなのかな。

同じ作家のものを読んでるのだけど、場面が途切れなく、流れるように移ってく感じで次々とページをめくってしまう。すごい。会話がポンポン飛び交っていてとても軽快な文体。そんな印象を読者に持たせながら、情景描写が丁寧で文学的で甘美で人間味のあるものになってる。

小説書いてみたいなと思うけど、こんな素晴らしいもの読んだら何も書けなくなっちゃうな。

 

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中身のない話をするのが好きだ。何の意味もなくだらだらと話して、なんでこんな話してたんだっけってなるのが好きだ。ただただ好きだ。

少しでも相手に対して気を遣っていたりし、変にかしこまっていると私の場合はこういう会話ができなくて、ごくごく限られた相手としかできない。

今日もだらだらと話してきた。唐突によくわからないギャグをかましてきて、はははと声に出して笑った。

別にそんなばか笑いしてるわけでわなく、少しクールに装っているのだけど、実は内心はとても嬉しく思っている。

というのも、話すのは嫌いではないけど雑談とかは苦手な方だからだ。ずーっと昔から。中学高校くらいからはほんとうに会話ができないことを意識し始めてしまって、友達相手でさえろくに会話出来なかった。ほんとうにそのことでずっと悩んでいたけれどだれにも相談できず、10年以上月日が経ってしまった。

小さなころから中身のない会話に憧れてて、上手く会話できない自分がすごく嫌だった。風呂の中ではよく、会話のシミュレーションを頭の中でやっていた。

その成果はてんで駄目だった。たぶん笑顔はぎこちなかったと思うし、相手に変な緊張感も伝わっていたと思う。

 

だから、最近はとても嬉しいのだ。

 

相手のお陰であるのは重々わかっているし、意味不明なこともたまに言ってしまうのだけど、雰囲気だけでも会話のキャッチボールができてきて、だらだら、中身の会話をするのが好き、とこんな風にかけることがとても嬉しいのです。

 

 

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八月が終わるー。短いようで結構長かった。早くおわんないかなと思った。忙しすぎて目が回るし職場は寒いしお腹はぐーぐー鳴るし。他の人に思いっきり聞こえていただろうけど、まあよしとしよう。もうそんなのを気にするような人間ではない。図太くいこう。なんだか少し悲しくなることもあったけど、別にへこたれない。悲しくなるときはいつでも人と比べるときだ。仕方ない。自分は自分でやってくしかない。

たぶん定期的にこういうふうに悲しんだり泣きたくなるときはあるけど、もうそういうもんだと思って、慣れる。悲しくなっちゃうのはライフワークみたいなもんだ。誠心誠意悲しまなきゃいけないみたいなんだ。ごまかしごまかし生きていこう。